ツバメはココナッツを運ぶ
管理人:村雨
メール:webmaster@oto.natsu.gs

« 姑穫鳥の夏 | メイン | 思い出のCM »

2005年07月19日

映像 姑穫鳥の夏・ツッコミ編

面白かったのだけど、色々説明不足だなぁと思うところがあったので、色々つっこんでみたいと思います。主に憑き物落としに関しての話になるので、オチを見たくない人は回避してください。
こうしてまとめてみると、この映画は原作を知っている人のための映画なんだな。

・最初に関口が梗子の部屋(書庫だったか?)に入るシーンの演出はほぼ予想通りだったが、うまく表現していたと思う。それ以前にも関口は何度か幻視をする描写があり、彼の感覚が当てにならないことを充分に説明している。
・鳥口が何故か稀譚舎の扉の前で木場にシメられていた。鳥口は赤井書房の所属の筈で、しかも彼は関口と繋がりがあるので、稀譚舎が出てくるのは変だ(スタッフロールにて鳥口の名前が出ていたので、木場にシメられていた人物は鳥口に間違いないと思われる)。
・関口が久遠寺家に手紙を渡しに行った後、引きこもりになってしまったり、関口が癲狂院を恐れることになったのだが、その原因である、通りすがりの人に「狂いだ」と言われたことの説明がなく、なぜそうした状態になったのか説明されていない。
・憑き物落としの最初の儀式にて、久遠寺牧朗の遺体が現れるシーンの描写が物足りない。原作では、関口は梗子から牧朗が生まれたと錯覚しているのだが、映画では単純に「見つかった」よう見え、なんだか物足りない。このシーンは、牧朗が梗子から生まれたと錯覚した関口が混乱することで、関口の憑き物を落としていくという流れになっていくのだが。
・憑き物落としの儀式で梗子の腹が裂け、水しぶきのようなものが上がった後、梗子の消息についての説明がほとんどないことと、この事で京極堂が後悔めいた事を言う場面もなく、梗子がどうでもいいような扱いを受けているように見える。原作ではこのことが原因で梗子は重体に陥り、京極堂は「だから自分が関わったことで人が傷つくのは嫌なんだ」と言い、神社での関口とのやり取りに繋がるし、京極堂はこの結末を予想して尚、友人たる関口を救うために重い腰を上げたのだということになるのに。
・久遠寺家で生まれた男子が無頭児であるという呪い(久遠寺が殺した修験者がかけた呪い)について、京極堂の分析が不十分な気がする。男子が必ず無頭児になるため、必然的に女系の一族にならざるを得なかったという説明が欠落している。
・原作で久遠寺医院は燃えたんだっけ?

このエントリーを含むはてなブックマーク
このエントリーのトラックバックURL
http://oto.natsu.gs/mt/mt-tb.cgi/760

コメントする










名前、アドレスを登録しますか?